ビジネスホテルの存在意義

ドロシーは、テイムが自分から離れてゆくことを想像もしていなかった。 夫、家庭、キャリアのすべてを手に入れるウォール衝のたくましい女性たちを見てきた彼女は、いずれ自分も子供を生存、ワーキング・マザーとして家庭とキャリアを両立させるのだと信じていた。
一族の相続問題のために、リーマンブラザーズ証券を辞めざるを得なかったことは、ドロシーにとってはキャリアの挫折に思われた。 しかしその後、ヘッジファンドという新興市場で自分のビジネスを見出し、新しい領域でビジネスを確立しかけていた。
その矢先、夫は自分を捨てていった。 そして、半年前から夫に恋人がいたのに夫から言われるまで気がつかなかった自分の浅はかさを悔いた。
その夏、テイムは荷物をまとめてドロシーのもとから去っていった。 ドロシーは突然のことに打ちひしがれた。
ドロシーの母は、「ティムは娘を踏み台にした」と口汚く彼をののしるので、ドロシーはますます誰にも気持ちを打ち明ける気がなくなり、引きこもっていった。 ある朝目覚めると腕が上がらなくなり、歯と腰が痛み、突然ベッドから起き上がれなくなった。

医者は心身症だと告げた。 彼女は食欲がなくなり、ひどくやっれ、疲れやすく、それでいて気分が苛立ち、思いがけなく涙が止まらなくなり、感情のコントロールが困難になるのだった。
九月のある日、アリス・タンが香港からニューヨークを訪問し、ドロシーの様子をたずねた。 電話口で、ドロシーは「離婚後、気分は落ち込むし、体の具合が悪いのです」と言った。
アリス・タンはやや厳しい口調で、「若いあなたが何を言うの。 明日、私の旧友のヒポノテイスト(催眠療法士)の所へあなたを連れて行くわ。
その医者のクリニックはね、ちょうどあなたのアパートのすぐ近くなのよ。 朝一O時に迎えに行きますからね」と言うと、ドロシーの返事も聞かずに電話を切った。
そのとき、ヒポノテイストによる催眠療法があることをドロシーは初めて知った。 翌朝、アリス・タンは西太后のような面持ちで、問答無用というばかりの態度をして、ドロシーをクリニックに引っ張っていった。
ヒポノテイストは、初老の紳士で、アリスがカリフォルニアにいたころから知り合いだと言った。 「私は最初の夫と離婚した直後、子供や家庭の問題で本当に自殺まで考えたほど、人生最悪のうつ病にかかったのよ。
普段は自殺なんて考えもつかないわ。 でもストレスがとてもひどくなると体中が痛むというじゃない。

私の場合は皮膚ががまんできないくらいに痛んで、窓から飛び降りそうになったわ。 そして、どうしょうもなくて、ヒポノテイストである彼の治療を受けたのよ。
最初は、信用しなかったけれど、衝動的に自殺に走るよりはましだと思ったの。 何とか効果があって、私は回復できたのよ」とアリスは語った。
ドロシーは心底驚いて、アリスを見つめた。 彼女の自信に満ちたはつらつとした様子からは、過去の苦悩など想像もできなかった。
実はいとこのラリーにもこの治療を薦めているの。 きっとあなたの役にも立つと思う、とアリスは言った。
これまでウォール街で順調なキャリアを築き、社会的にも成功者として認められ、しかも一族の誇りであり、いつも冷静に振る舞ってきたラリー・タンが、実はヒポノテイストの治療を必要としていたほど精神的につらい思いをしているのかと、ドロシーは改めて、驚かされた。 小太りでぼうぼうの白髪頭のヒポノテイストは、「三五年前にこの治療を始めたときは、ヒッピーだの、クレイジーだのと言われましたよ。
もっとも、あのころのカリフォルニアよりも今のマンハッタンのほうがずっとクレイジーなところになってしまったがね。 九・一一のテロのあとは特に商売繁盛ですよ」と笑った。
ドロシーの治療は、その日一時間ほどで終わり、しばらく続けてクリニックに通うこと、筋肉を鍛える運動をし、音楽を聞いたり、精神的なバランスをとるためには規則正しい生活を送ることが義務付けられ、毎日の生活のチェックリストが渡された。 ドロシーはジムに通い、ヨガを習い、女友達のマチと買い物に出かけるなどなるべく外へ出るように心がけた。
二カ月ほどすると体力も戻り、精神的に立ち直れるという前向きの気持ちが強くなってきた。 マチは大学時代からの親友であった。
一一月末の感謝祭の休暇の前に、ドロシーは思いがけなく、ラリー・タンから電話を受け取った。 「感謝祭の連休はどうしているの」とラリーは聞いた。

ドロシーは両親のところで休暇を過ごすのでマンハッタンにずっといると答えた。 例年の感謝祭とクリスマス休暇は、ドロシーの両親とテイムのカリフォルニアの両親との家で交Eに過ごしていたのだが、この年からはそうした慣習もなくなってしまった。
「それでは感謝祭の翌日の金曜に、美術館で会って久しぶりに話をしよう。 夕方七時にメトロポリタン美術館の入り口で待っています」とラリー・タンは言った。
メトロポリタン美術館は、金曜と土曜は夜九時まで聞いている。 その日、約束の時間を目指してドロシーは美術館へ向かった。
階段を上り、正面から入り口を過ぎると、中二階のバルコニーから室内楽の演奏が聞こえてきた。 「ひどい音響だわ」とドロシーは上を見上げた。
この時間帯にはカルテットの生演奏が行われていた。 人びとのざわめきと足音、そしてバイオリンとピアノの音が割れてこだまし、広いドームの天井に反響しては拡散していった。

そして、音とともにその空間のなかに埋もれている自分の存在を見出すと同時に、ドロシーはラリー・タンの姿を見つけた。 ラリーはネイピーブルーのオーバーコートを片手に抱え、正面左側の大きな生け花の前に立っていた。
そして、ドロシーをみつけると、「ゃあ、元気そうだね」と声をかけ、ドロシーに近寄り、彼女の肩に手をかけてコートを脱ぐのを手伝うと、彼女のひじを支えながらいっしょにクロークへ向けて歩き出し、受付でドロシーのコートと自分のコートをいっしょにクロークに差し出した。 ラリーの一連のマナーはいつも完壁だと、ドロシーは感じた。
「最近はどうしているのかな。 まず、あなたの好きな絵を見ながら、話を聞きたい」とラリーが言った。
ドロシーは、突然の離婚の後、この二ヵ月間、ヒポノテイストのセラピーに通い、さらに「デイボーシー(離婚された女性)のためのスクリーミング(大声で叫ぶ)・セラピー」にも行ったこと、ヨガに通い、ベジタリアンのクッキングを習い、ニューたくさんのソールサーチングの本を読んで、ヘッジファンドの新潮流ヨーカーとして一連のヒーリング・メソッドをすべて試したと話した。 実際、夫から一方的に離婚を言い渡された女性が、自分だけではなくマンハッタンにいかに多く存在するかを、ドロシーは改めて思い知った。
たいていの女性は自分を責め、自信喪失に陥っていた。 スクリーミング・セラピーとは、自分の怒りを正当化するために、とにかく腹の中の煮えくり返る感情を大声を上げて吐き出し、ストレスを発散させる方法である。
「セラピーと名がつかなければ、ミッドライブ・クライシスに見舞われた女性たちがカルト集団のように肌えているようなものなのよ」とドロシーが説明すると、ラリーは心からおかしそうに笑った。


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